2011年03月27日

被災地=三陸の山田町へ激励に行く

 ご心配をおかけして申し訳ありません。
 高橋勲、元気で頑張っております。暮坪農場は、田んぼの畦畔に亀裂が入った他は、さしたる被害もなく、忙しい日々を送っております。
 被災直後に発生した食料不足に対応して、盛岡市内に数日で4トンほどの精米を送り続けました。
 25日には、地元の農家の人たちとともに、三陸の山田町へ農産物をトラック2台・タウンエースに満載して、激励に行ってきました。テレビで見ていたとはいえ、あまりの惨状に胸が詰まりました。それでも、自衛隊や全国の車のナンバーに励まされ、なんとか目的地に到着。
 たくさんの野菜に被災者の手が伸びるだろうとの予測はもろくもうちくだかれました。
 聞いてみると、「電気がない」・「水道が出ない」・「ガスもボンベに残っているだけ、補充の予定がないので、お湯を沸かすぐらいで節約している」とのこと、さらに1階は津波で流され残った2階にいるが「包丁もない」、とのこと。
 おにぎり800個・生卵1000個・お花【ストック】200束のプレゼントを目の前にしたおばあちゃんたちに、一瞬の笑みを見ました。
 なんということか!山田町民の8割に当たる15000人の安否が未だ不明とのこと。行商のたびに会って顔見知りとなっていた山田のおばあちゃんたちに会うことはありませんでした。……。
 ささやかな行動ですが、また行こうと思います。
 精米2トンと各種野菜や漬物・りんごなどコンテナで2トン、お花が1トンのハイエース1台分、これが個人の有志では限界です。でも、何とかしなければならないし、何とかしたいという思いが強く湧きあがりました。
 こんな場合ですので、経費はすべて自腹です。でも、また行きたいので、全国のみなさん!ぜひうちのお米を買ってください。それをも原資にしてまた、山田町に行きたいのです。
よろしくお願いします。
posted by ihatobo at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記